2016年07月07日

軽いぎっくり腰かもしれない・・・







 この前の草むしり、道つくりからずっと腰痛が続いている。腰がフリーズしていると書いたが、時々シャープな痛みも走るので、もしかしたら軽いぎっくり腰

ではないか・・・と思っている。
 同じ体勢でいれば大丈夫なのだが、次のアクションに移ろうとすると痛むし、その形から次の形へのシフトチェンジが厳しい。油の切れた機械である水解蛋白
 なので、今日は何もせず養生しようかな・・・と思っていた。
 朝お風呂掃除だけして、ゴミを出しがてらリュウの散歩。普段はくりりんが散歩するのだが、休みの日は「お母さんと散歩」がリュウとのお約束だ。いつもの

散歩コースで無いので、これはこれでリュウは楽しそうだったが、この暑さ。戻ったら水をしこたま飲んだ。
 午前中に買い物に。本当は遠出したかったが、近場で済ませる。車の運転がきついと言うほどではないし、それを言うなら仕事でも運転は必須で嬰兒濕疹、田舎なので

月末なんぞは訪問先によっては、119キロも走った日もあった。まあ、田舎は移動が多い。
 朝、キヨちゃんが、
 「今日は除草剤を撒きたいが、タンクを背負うのがきついから、やってくれ。」
と言われていた。
 「夕方涼しくなってでええ?でも、母ちゃん、私も腰本調子じゃないけん、あんまりなことは出来んのじゃ。」
 そうは言ったものの、出来ない・・・とは言えなかった。ただ、本日は流石のキヨちゃんも怖じ気づく猛暑だったので、何となく除草剤の件はうやむやとな

り・・・ラッキー。午後、お客さんが来た時に、
 「このお家は風が通って涼しいですね~。何度かなあ母乳餵哺?」
と聞かれたが、部屋の温度は34度だった。おそろしや・・・。
 で、結局夜はキヨちゃんリクエストの冷やし素麺で。
 夕飯後、キヨちゃんの野菜を親友ナースにあげる約束をしていて、久しぶりにちびちゃんを連れて遊びに来てくれた。
 久しぶりのちびちゃんはキヨちゃんを抜いたかもしれないほど背が伸びていた。リュウやくろべえと遊び、くりりんをおもちゃにしてはしゃぎまわった。
 くりりんは甥っ子や姪っ子の世話をしてきた事もあるのだろが、本当に子供の扱いに慣れている。懐く子供を観ながら、つくづく子供欲しかったなあ・・・と

思ったりした。
 キヨちゃんはキヨちゃんで、孫が来た状態のテンションでおおはしゃぎ。今夜はよく眠れるだろう。くろべえに至っては、爺ちゃん猫なので最後はバテバテだ

った。
 でもまあ、こんな日もたまにあってもいいな。楽しい日だった。  


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2016年06月21日

ぶどう膜炎、徐々に改善。。。。





明け方、目が覚めたとき、薄ら寒いと感じた。咳が出る。

 のどが腫れている感じで、咳が出るたび、ひりひり痛む。市販の風邪薬を飲んでみる化療副作用

 常備の風邪薬は、ここ数年、同じ製薬会社の同じ薬にしている。通っていた病院の近くの院外処方受付の薬局で、風邪薬は何がいいか、聞いた。その時夫の勧め品を常備している。処方の薬とケンカしないだろう。

 仕事して、しゃべって、のどを使って、また咳がひどくなった。この状態が続くのなら、病院で診てもらった方がいいかもしれない。

 ただ、今日は先約がある。仕事帰りに、眼科へ永久脫毛

 ぶどう膜炎の状況は、視界は白く霞むときはあるが、炎症そのものはほぼ治まっているとのこと。眼球の中に散っている炎症細胞が引けば、安定するだろう、と。

 目薬はそのまま続けて、1ヶ月後に再度診診察を受けることになった。外はまだ明るくて、暑い。

 気管支と連動して、眼の炎症が悪化しているのが、一番イヤだった。眼の炎症は、眼圧の上昇を招く。それがひどいと、視神経が痛んで、視野が欠ける名古屋機票

 それはぞうやら回避しつつある状況なのだ¥が、ありがたい。

 呼吸器の診察、いつ行こうか、な。。。。
   


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2016年05月27日

マル子とペケ子の茶飲み話

「ゴールデンウイークこんにちは。
 ペケ子さんは どうせ自宅待機でしょうと思って、
 遊びにきて上げました」
 マル子がペケ子のボロアパートに来た。

 「そう言うマル子も暇なのかな?」
 
「予定はありますよ。幼児教育の勉強兒童椅会がありますから。
 でもほら、ペケ子さんの友達は私しか居ないでしょうし」
 「失敬だな。大切な友達が居る」
 ペケ子は胸を張る。
 「それは良かった」
 「テレビ君だ」
 ペケ子が指差すところに、安物のテレビが陽気な音を立てていた。
 新番組の番宣が流れている。

 「まっ、とりあえずは ようこそ、マル子with手みやげ」
 ペケ子はいそいそと五金制品茶を入れた。
 二人は、しばし渋茶を飲みながら、手みやげの大福を賞味した。

 その間も、お友達のテレビ君は、にぎやかだ。
 「四月三十日から『トットテレビ』って言う番組が始まるのですね。
 若かりし頃の黒柳徹子の話みたいです。
 あら、渥美清を中村獅童が演じるんですって」
 マル子は、テレビ君に反応した。
 「……。目が細いというところしか心血管健康共通点が……」
 「見当たりませんね。キャスティングで冒険する番組なのでしょうか」
 二人は、同時に腕を組んで、うなった。
 どうやら、意見が一致したらしい。

 「おお、『夢で会いましょう』が出てくるのかな。
 そういえば、今月の歌に渥美清も出ていたな」
 ペケ子は渥美清に反応した。

 「『夢で会いましょう』ですか。なんか聞いたことがあります」
 
「大ヒットしたバラエティ番組だね。
 『今月の歌』というコーナーがあって、
 坂本九の『上を向いて歩こう』とか、
 梓みちよ『こんにちは赤ちゃん』とか、
 ジェリー藤尾の『遠くへ行きたい』とか、
 けっこうなヒット曲が生まれている。
 渥美清も『ひとりもの』という曲を歌ったな。
 ひと?り?もの? ひと?り?もの?
 やも?め?ぐらしの部屋?は?」
 突然歌いだしたペケ子だった。

 哀愁漂う歌声に、マル子は そっと涙を抑えつつ、
 「渥美清って歌えたんですか」と言った。
 
「何を言う。
 ふうてんの寅さんでおなじみの
 「男はつらいよ」の主題歌を歌っているじゃあないか。
 元になったといわれる『泣いてたまるか』の主題曲だって
 歌っているぞ。

 俳優の歌ってえのは、歌手の歌とは違う種類のクオリティーがあるよね。
 高倉健の『唐獅子牡丹』とか、
 石原裕次郎の『赤いハンカチ』とかさ」

 「あ?、はいはい。分かる気がします。たとえが古いですけど」
 「西田敏行『もしもピアノが弾けたなら』
 中村雅俊『俺たちの旅』
 『ホタテのロックンロール』『マツケンサンバ』」
 「最後の二つは、ちょっと違うんじゃないかと……」

 マル子の異議をスルーして、ペケ子は話を戻した。
「『今月の歌』で、何と言っても印象に残るのは、
 丸山明宏の「あいつ」だね。
 五拍子の曲なんよ。
 黒い全身タイツを着たダンサーたちが、
 歌う丸山明宏の周りで、妖しい踊りを踊っていたんよ」

「ネットで見られますかしら。
 ちょっと検索。
 ああ、丸山明宏って、今の美輪明宏ですね。
 あれっ? 『あいつ』じゃなくて、
 『あいつのためのスキャットによる音頭』
 というのなら あるみたいです。
 これかしら。
 うわあ! そうみたいです。
 妖しい踊りを踊ってます。
 五拍子ですう。
 黒の全身タイツじゃなくて、江戸時代の庶民風衣装ですけど。
 なんじゃこりゃ」
 マル子が画面を見てのけぞった。

 「ふん、おかしいな。私の記憶と違う。
 別バージョンの衣装はともかく、題名を変えたんかなあ」
 「ペケ子さん。1963年の曲ですけど。
 記憶って……。
 えっ? 年はいくつなんですか」
 「ふんふん、大福は美味しいな」  


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2016年04月14日

やる気逸る気




だめだ。なんにも書くことがない。
 もともと書きたいことが泉のように湧いてきて書いていたわけでもない。常に探していたのだ。一行で書けることを500文字にふくらませていたのだ。
 その気力が、ない。

 それなら書かなきゃいい話なのだけど、なんだろう、なんだか焦っている。ついに作文もできなくなってきたのかな、わたしは。思ったことが言葉にする前に左斜め45度あたりの頭上を素通りしていくような感じで、誰に伝えることもなく消えていく。

 まあいいや、もういいやと。

 確かに、そりゃあ、なにも書かなくたっていいんだし、他にやることがないわけじゃない。また書きたくなったときに書けばいい。そんなことは分かっているのだけど、休むたびにすんなり戻れなくなってきている気がして、いや、戻らなくたっていいんだろうけど、このまま少しずつ離れていくとわたし、どこかボケちゃうんじゃないかという気がしてきた。というか、既に衰えてきているということなのかしららら?

 ああ、こういうこと(やめちゃおうかなとかなんとか)書くのはいやなんだけど、

 ……って、ああ、そうだ、
 そもそもこの、「~はいやだからやめておこう」っていう考え方がいけないのかもしれない。「これはいや」「あれはダメ」と、人のふり見て我がふり直せとばかりに常にブレーキを踏む体制でいるから、ちっともアクセルの方に足が行かないのだ。

 周りのことなんか気にしないで、もっとパパパーンと我が道を突っ走って書きまくったれ! どうせならそういう方向にボケてしまえ!

 と、今日は書いておこう。  


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2016年03月29日

花のように生きる





花のように生きるなどと言うと、何とはなしに儚げなような気もしますが、私のベランダの花たちを見ていると決してそうは思えないのです。

トップの花は、カランコエ・・・なんかちょっと違うような気もすAmway呃人るのですが、たぶんあっていると思います。(アップした後に見たら、画像が綺麗じゃなかったので、小さく載せました。そのうち差し替えると思います。)

先日からこの花の盛りの時の画像を時々探しているのですが、なかなか見つかりません。

この花は一番盛りの時には凄く綺麗で、ベランダを華やかにしてくれました。私はそれを当たり前の風景のように感じていたのです。

あまりにも大きくなって伸び、伸びた先が花の重みMathConcept好唔好でポキリと折れました。それを私が拾って無造作に他の大きなプランタの脇にただ指しておいたのです。

二年目の春、この花はまたもいっぱい花芽を付けていました。



同じ風景が同じように見られるのだと、私は信じて疑っていませんでした。



ところがその年、春の大雪が降りました。

ベランダにも雪は降り積もり花たちの上にも雪は覆ってしまいました。

この花は多肉種で、あまり水をやり過ぎると枯れるのです。せっかく多くの花芽を付けていたのに、私の気の利かなさで、花は茶色に変色し咲かないまま枯れてしdiamond coral 價錢まいました。そして大株になっていたその花自体も・・・・。

降る雪にはしゃいで、花の事を想う事もなかった自分に落ち込みました。

ベランダに咲く花たちは、野に咲く花たちや庭に咲く花とは違う弱さがあるのですが、どうも私はそれに鈍感すぎるのです。



だけど無造作にさしておいた枝から、今年も花が咲きました。

確かにこの花は指すのが簡単で増やせるらしいのですが、折れた枝をその辺のプランタに差し込んだだけの枝だったのに、頑張って生き延びたのでした。

もちろん根が定着したと思った頃に植え替えたわけですが、それでもやっぱり私はこの花に「ありがとう」と言う気持ちになってしまうのです。

花が頑張っている姿に励まされるのです。



確かに私がちゃんとしたアマチュアガーデナーだったら、こんな問題は起きないわけで、視点を変えれば自分勝手なささやかな感動とも言えるかもしれません。

でももっとちゃんとすれば良かった、もっと器用に生きられたら良かった、もっとよく考えて決めたら良かったんだと、生きていく道はそんな事の繰り返しではありませんか。

花を咲かせる前に枯れる、そんなことだってあるでしょう。

大切な事は、シブトク生きる。

生きて、小さくても季節が来たら花を咲かせるんだと言う、そんな気持ちなんだと思うのです。



頑張れ、私。

負けるな、私。





  


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