2017年09月12日

♪捨てないでおくれ〜 捨てないでおくれ〜

CNN News を見ていると「世界で1台のフェラーリ、
日本の納屋で40年ぶりに発見」という記事が出ていた。
日本の”納屋”という表現に興味を惹(ひ)かれ、掲載記事を見ると、
写真に出てくる場所はガレージというより、まさに”納屋”。
40年間、そこに鎮座していたらしく、古いくすんだ真っ赤なフェラーリが
あふれるほどのホコリをかぶった状態。
尋常ではない量がべったりとついている。
この姿から、お世辞にも「世界に一台!」という風格は微塵もない。
事実を突き止めれば、まさしく世界に、これ一台。
競売価格になれば、おそらく2億円は下らないという。
マルクスの”労働価値説”が、あっさり、吹き飛んでしまうような話。
我が所蔵品のなかにも、そんなものがないかと思い巡らしてみる。
振り絞って思い出したことは、
かつて、週刊少年漫画が発刊されたのは昭和33年頃。
当時の制作者が、最近のラジオ放送で言っていたことは、
「その当時、返品として帰って来た雑誌がいっぱいあったが、
それを保存してれば、今ごろは、かなりの財産になったろう」
とインタビューに答えていた。
そう言えば、少年サンデーや少年マガジンが発刊された時に
団塊の世代の、ど真ん中だった次兄が初回より買って来ていた憶えがある。
それが今しも残っていたら、「どれほどの価値になるのだろうか?」
そんな思いが過る。
ただ、紙質の悪い昔の少年雑誌。読み捨ててしまうのが常。
もちろん、いかなる家だとしても、所蔵など、あろうはずもない。

思えば、一人暮らしをしていた老齢の母親が亡くなった時に、
その家を空き家にしておくと、近所に迷惑もかかるだろうと、すぐさま売却した。
その前に、所蔵品にあふれた2階部分にあったものを
業者を呼んで有無も言わさず処分したことが思い出されてくる。
以前のゴミに関する標語に「捨てればゴミ、分ければ資源」
などというものがあったが、
そういった所蔵品の大半は資源とならずゴミとして処分してしまった。
「しっかりと分別しておけば、「お宝」があったかもしれない?」
ただ、そんな分別ができる余裕はナシだった。

この掲載された”納屋(車)”の所有者も、廃棄業者を呼んでクルマを処分していれば、
ただのスクラップ。
「捨てればゴミ、磨けばお宝」といったところだろうか。

これからこのクルマの所有者になる人。
廃車寸前の車に大枚2億円もの代金を払い、ピカピカに磨いて悦にいって運転する姿が、
目に浮かぶようでもある...



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